教育が「産業」としてこれ程までに成立すること自体がおかしい。
「亡国の中学受験」、「中学受験の失敗学」、「名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉」の三冊を読めば、中学受験ブームからゆとり批判のからくりがほぼわかる。
僕も教育産業に携わっていた、否、まだ関係している人間として、
生徒を餌食にしている塾や予備校経営者がいることは否めない。
さらに、公立高校無償化によって、私立高校や中堅以下の公立高校が大学受験の実績重視を客寄せパンダとして使う可能性は十分にある。はっきり言えば、もう始まっている。
私立が存在する理由は、「建学の精神」にある。この建学の精神を無視した学校の生徒指導などをしている私立校がどんどん劣化している。
船井総研の高校再建プロジェクトコンサルタントと懇意にさせていただいていて、近々書籍も出す予定である。
その船井のコンサルタントが、
「私立高校の経営の決断スピード、改革スピードは遅すぎる。だから、担当している民間企業のコンサルタントに行くと感覚が狂っていることを自覚するんです」
もちろん、この人は教育を食い物にしていない。改革にワタミの渡邊美樹社長のビジネス手法の改革が大嫌いだそうだ。マインドが抜けたビジネス手法の改革は、学校改革の手法ではないと。
ある有名大学も手掛けたコンサルタントでとても有能な方だ。この方の手腕に頼りたいセミナー参加者が多すぎて、来年度のコンサルタント受付高校を50校から30校に減らしたくらいである。
もうすぐ、私立大学の受験も一段落し、国公立大学の受験が始まる。
ここで、私立でも有名大学を餌に受験者獲得という安直な考えが、予備校模試判定で良い成績を取っためた生徒を「使って」、何十校、十何校も受験させ、「延べ数」を「実数」に見せかけるトリックを仕掛ける。
数年前から学校側がこのために受験料を負担するのは、問題視されていきた。学校の営利目的のために生徒の人生の一部を利用するのは、やはりおかしい。
学校改革をするのならば、学校の教師の質の改革、教育内容の改革、私立ならば建学の精神に沿った教育方針をもう一度見直すべきだ。そういう観点から見ると再建校長、長野雅弘校長のブログは非常におもしろい。
「学校改革は最低3年で実行できなければ失敗する」
と元日能研の方が書いた本で読んだことがあるが、長野校長は、
最低二年、マックス一年で学校を入学者増員、有名大学合格者輩出などを一気に教員の力をボトムアップしてしまう。
教育改革は、国だけでなく学校、親、教師が三位一体になれば、十分に可能である。有名大学を餌にするのは、まさに旧態依然とした詰め込みで教育手法の力技。
しかし、詰め込みが悪いわけではない。詰め込みと思考力のバランス。それを教師と親が子供に身に付けさせれば、金のばらまきなどしなくても、名門復活は十分に可能なのである。
ただ、それを実行するのは至難の業ではある。しかし、日本の未来を考えるなら実行しなければならない。
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